在宅で認知症がある人を支えるための環境整備
認知症のある高齢者が在宅で生活を続けるうえで重要となるのが、症状に合わせて安全、安心に生活ができる環境を整えることです。安全を妨げるものや認知症の症状が進行する原因となる環境を見直すことで、その人らしい生活が続けられるようにサポートしましょう。
認知症がある人に対する環境整備の重要性
認知症が進行すると、中核症状、徘徊や誤認などのBPSD(行動・心理症状)とさまざまな症状が出現します。認知症による症状が強く出るのは、環境に対する不安や混乱などが関係していると考えられます。
たとえば歩行の機能に問題がなくても、トイレの場所がわからなくなってしまえば排泄に支障が出ます。トイレの場所がわからないことへの不安が強くなることで、別のBPSDの症状が出てしまうといった悪循環に陥る可能性もあります。
室内の動線や物品の配置などを見直すことは、認知症の人が安全かつ快適に過ごせるだけでなく、介護負担の軽減にもつながります。
安全、安心な生活を妨げる環境
認知症の人の生活環境を考えるとき、家族などの周囲の人はできるだけ質素に、自室の物を減らすほうが安全だと考えがちです。しかし、認知症の人にとっては環境が大きく変わることはストレスとなり、症状が悪化することがあります。また、脳への刺激が減ってしまうことで認知症が進行する可能性もあります。そのため、本人ができること、難しいことを確認したうえで、生活に必要な行為は可能な限り自分で行えるように環境を整えていくことが大切です。
たとえば、認知症の人は最近のことは忘れやすく、昔のことはよく覚えています。安全面に配慮したうえで、その人の好きなもの、大事にしているもの、季節を感じられるもの、昔を思い出せるアルバムや写真立てなどを配置するといったことも工夫のひとつです。
住まいの見直しのポイント
在宅で生活をする認知症の人の住まいの見直しで重要なのが、その人がどのような生活を送りたいかという視点を第一に、安全を守るために緊急時にも対応できる環境を整えることです。そのうえで身体機能、認知症による症状などに応じて障害となるものを解消、または緩和できるようにしましょう。
○自室と居間
食事と睡眠の場所を分けること(寝食分離)は移動による身体機能の維持や寝たきり防止につながります。ただし、できるだけ自室と居間の動線はシンプルにしましょう。居間で家族と食事を摂ることによる交流や落ち着いて食事ができることは認知症の人にとって刺激となり、家族の人にとっても食事の様子を見ることができるなどのメリットがあります。動線が長いとつい自室にこもりがちになり、認知症の症状が進行しやすくなります。
また、自室や居間の床には物を置かないようにしましょう。物や配線などに足を取られて転倒する、自分でコンセントから配線を抜いてしまうなどのリスクになります。
【時計とカレンダー】
見当識障害があると日時がわからなくなることがあります。1日のなかで過ごす時間が多い部屋の目立つところに時計とおくすりカレンダーを設置しましょう。服薬忘れの防止に役立ちます。高齢の認知症の人は視野や視力が低下していることが多いため、時計は表示が大きいものを選びます。

【照明、光】
認知症の人は、認知機能が低下することで日課を自分で調整することが難しくなり、生活リズムが乱れやすくなります。また、カーテンを締め切って1日を過ごし、日中でも室内の電気をつけている人も少なくありません。これが生活リズムの乱れにつながり、昼夜逆転を起こして夜間に徘徊したり、人との交流の機会が少なくなって会話による刺激が減ったりする原因にもなります。
朝はカーテンをあけて陽の光を浴びられるように、同居する家族がいる場合にはできるだけ決まった時間にカーテンを開けましょう。体内時計をリセットすることができ、朝から活動することで日中の活動量が増え、夜はしっかり眠ることができます。
室内の照明は明るめのものに変更し、廊下には自動点灯の照明をつけるなどして、明るさをできるだけ一定に保つようにしましょう。認知症の人が照明のスイッチを入れたり消したりしてしまったり、紐のスイッチからリモコンに変更したことで照明がつけられなくなったりする場合には、指定した時間に照明が点灯し、消灯する機能のあるものなどを選びます。家族が離れて生活をしている場合であっても、スマートフォンと連動して照明をつけたり消したり、時間に合わせてカーテンを自動開閉できる商品などを活用しましょう。
【家具】
家具は、室内の移動の妨げになることがあります。長年使用している家具をそのまま使い続けている家庭が少なくありません。しかし、認知症の人が使用する場合、家具の高さ、引き出しの開閉のしやすさなどを再度確認しましょう。自分でできることを増やしていくためにも、いまの身体機能に合った使いやすいものであることが大切です。
自宅で過ごす認知症の人は、椅子に座って過ごす時間が長くなります。座面の高さが膝の高さよりも高いものを選ぶと、立ち座りしやすくなります。
【段差】
屋内で転倒リスクが高いのは和洋室の段差です。バリアフリー対応の物件も増えていますが、高齢者で住み慣れた自宅での生活を希望する人は多いため、ミニスロープの設置などによって段差を解消することが重要です。

○トイレと浴室
廊下や脱衣所、トイレは室内との温度差を解消することが重要です。とくに冬場は暖房器具を使って脱衣所を事前に暖めておきましょう。トイレも暖房便座に変えたり、トイレ内に暖房器具を設置したりする工夫が必要です。見当識障害があると、トイレや浴室の場所がわからなくなって漏らしてしまったり、トイレ以外の場所で排泄したりすることもあります。トイレの場所がわからないことが障害となっている場合には、ドアに大きく「トイレ」と書いた紙を貼ることで、トイレの場所を知らせることができます。排泄に関する問題は、介護側の負担を増やし、在宅での介護が難しくなる原因になることがあります。事前の対策が重要です。

○台所
認知症が進行することで判断力や理解力が低下していきます。たとえば、これまで調理を習慣的に行ってきた人の場合、その役割を失うことで認知症が進行するリスクがあるため、一緒に調理をする、調理を見守るなど、調理とのかかわりをなくさずに安全にできる方法を考えましょう。
環境調整では、火の不始末に注意が必要です。ガスコンロをIHに変更して火災のリスクを避けます。また、台所の床は油などで滑りやすくなっていますので、滑りにくい素材のマットを敷くなど工夫をしましょう。
○廊下
とくに高齢になると夜間にトイレに行く回数が増えるため、転倒などのリスクが高くなります。廊下は暗いことが多いため、転倒防止のために手すりを両側に設置する、床に滑り止めをつける、足元灯をつける、廊下に物を置かないようにするなどの工夫をしましょう。
○玄関
加齢に伴って身体機能は低下するため、わずかな段差でもつまずいて転倒しやすくなり、大腿骨頸部骨折などで寝たきりになると、認知機能も急激に低下します。
玄関の段差を解消することは外出への不安を解消するポイントにもなります。屋外から室内に入るまでの玄関まわりの移動を確認し、身体状況によってはスロープの設置などを検討します。
また、認知症の症状で夜間徘徊がある場合には、玄関にセンサーの取り付けなどを検討しましょう。徘徊は認知症の人の不安の現れである場合もあります。なぜ、どこに出かけるつもりだったのかなど、認知症の人の思いを聞き取ることも大切です。
<文献>
・石田千絵・臺有桂・山下留理子編:地域・在宅看護論(2)在宅療養を支える技術 第3版.ナーシング・グラフィカ,メディカ出版,2025.
・東京商工会議所:福祉住環境コーディネーター検定試験® 公式テキスト.中央経済グループパブリッシング,2025.
監修 東京大学大学院医学系研究科
老年病学 教授
小川 純人 先生
この記事は2025年6月現在の情報となります。