認知症ケア時のタブー集

認知症の人の気持ちを無視した対応はトラブルのもとです。

家族を困らせる行動にも理由がある

認知症の人を介護する家族が困っていることに、排泄の失敗や徘徊、物をとられたなどの妄想、特定のものへの強い執着、暴言・暴力などがあります。かつてこれらは「問題行動」と捉えられていましたが、現在では、これらの行動には本人なりの理由があることがわかってきました。そして、その理由を推し量って適切に対応すれば落ち着くこともわかってきました。
そもそも、これらの行動を「問題」と捉えるのは介護者側の視点であることから、現在では「問題行動」という言葉は使われなくなり、「行動・心理症状(BPSD)」と呼ばれています。
認知症の人のほぼすべてにみられる記憶障害などの「中核症状」と違い、BPSDはその人の置かれた環境や性格に左右されるため、個人差が大きいといわれます。長い人生のなかで経験してきたことが、行動に影響していることも少なくありません。
なぜそのような行動をするのか、理由がわかればすべてが解決するわけではありませんが、介護する側の受け止め方が変わり、適切な対応をすることが期待できます。まずは頭ごなしに「否定しない」「怒らない」、そして「共感する」という姿勢で接しましょう。

認知症の人の困った行動、そのときどうする?

○特定の場所に執着

施設の共有スペースである食堂や病院の待合室などで、別の人が座っているにもかかわらず、「あそこに座る」「あの席は自分のもの」と強く主張することがあります。場所に執着するのは自分の居場所を確保して不安を減らしたいためだと考えられます。また、事実を受け入れられないのは、「理解」という認知機能が低下しているためです。
このようなケースでは「ほかの人が座っているから、だめ!」などとはねつけると、ますます頑なになることがあるので、「次はあの席にしましょう。今日のところは譲ってあげてはどうですか。そうすればよろこんでもらえますよ」など、代替案を示すとともに、自尊心を傷つけない言い方を心がけましょう。

○お風呂に入りたがらない

認知症の人がお風呂に入りたがらない理由は、衣服の着脱が面倒、入浴の手順がわからない、水が怖いなど様々です。ほかにも複数の人と一緒に入浴することや、入浴介助を受けることを恥ずかしいと感じている場合もあります。
入浴を嫌がる理由がわかれば、どう対応すればよいかを考えることができますが、どうしても入浴を拒む場合は、無理強いせずにしばらく様子をみましょう。体の清潔は、毎日下着を交換し、体を拭くだけでもある程度保つことができます。
しばらく時間が経過した後に、「お風呂に入りませんか?」と声をかけたら何事もなかったように入浴してくれたということもあるようです。あまり焦らず、気長に待ちましょう。

○排泄の失敗

高齢になると膀胱が収縮しないのに尿が出たり、骨盤底筋という筋肉の衰えなど機能的な要因で尿失禁が多くなります。認知症の人では、それらに加えてトイレの場所がわからなくなる、衣服の着脱に時間がかかってしまうなどの理由が考えられます。
トイレ以外の場所で排泄したり、失禁して汚れた衣服を隠していたりすると、つい声を荒らげてしまいがちですが、責めたところで改善することはありません。
対策として、決まった時間にトイレへ誘導する方法などがあります。ホームヘルパーやケアマネジャー、看護師などからアドバイスを受けましょう。また、過活動膀胱など、失禁の原因によってはお薬で改善することもあるので、認知症の担当医にも相談しましょう。

○ご飯を食べていないと主張する

食事をしたにもかかわらず、「ご飯を食べていない」と主張するのは、食べたという事実を忘れているだけではなく、満腹か空腹かを感じにくくなっていることも原因となります。「さっき食べたでしょう」「もう忘れたの?」など、もの忘れを指摘するような言葉は本人を不安にさせ、「ご飯を食べさせてくれない」など被害的な妄想につながることもあります。「ご飯を食べていない」といわれたら、「いまご飯を炊いているところだから少し待ってね」「できたら呼びますね」など、ご飯を食べられるという安心を保証します。ときには小さなおにぎりなどを間食として出してもよいでしょう。

○物を盗られたと主張する

物を盗られたという主張は、認知症の人に比較的よくみられる「妄想」です。実際には置き忘れやしまい忘れなのですが、家族や介護者を非難したり、近所の人や警察に訴えたりすることもあるため、周囲の人を疲弊させます。「そんなことするわけないでしょ!」「○○さんの勘違いです!」などと強く否定すると、さらに興奮させることもあるので、まずは話をよく聞き、どうしてないのか一緒に悩み、探すのを手伝いましょう。探し物をするときには本人のものには触らないことがポイントです。先に見つけた場合でも本人に見つけさせるように誘導しましょう。代わりのものを用意しておくことが有効な場合もあります。

○徘徊

徘徊の定義は幅が広いのですが、一般的には「一見して無目的と思われる当てのないさまよい歩き」をいいます。徘徊をする認知症の人には妄想や幻聴がある人が多く、不安があると徘徊が増すといわれています。本人のなかにはどこかへ歩いていくだけの理由があるのですが、それをうまく伝えることができないため、「無目的な歩行」と周囲からはみられてしまうのです。
外へ行く気配があったら、「どこへ出かけるの?」「どうしてそこへ行くのですか?」など、穏やかに問いかけ、その理由に耳を傾けましょう。自宅にいるにもかかわらず「うちへ帰りたい」というときも否定せず、一緒に少し歩いてから戻ると落ち着く場合があります。
事故などの心配はありますが、無理やり閉じ込めたりすると不安が強くなります。地域の認知症高齢者支援や見守り端末などを利用したり、近所の人や警察に事情を話して協力をお願いしたりしましょう。
「徘徊」という言葉が誤解や偏見を与えるのではないかという意見があり、最近では用語の見直しの動きもあります。

○家族を知らない人だと怖がる

親から「あなた、どなた?」といわれたときの悲しみ、さらには怖がられてしまったら……認知症のせいだとわかっていても非常にショックです。しかし、「息子の顔も忘れたの?」などと責めてしまうと、本人の恐怖は増してしまいます。また、自分が間違っているかもしれないと気づいた場合には、不安や孤独感が生まれます。
認知症では最近の記憶から障害されることが多いので、本人は過去の時間、もっと若かったころの記憶にいることがあります。その場合、自分の子どもは中学生や高校生だと思い込んでいることも考えられるので、目の前の中年の人から「子どもである」と告げられても理解できないのかもしれません。そんなときには「こんにちは、自分は○○といいます」などと丁寧に挨拶して安心させ、穏やかな会話のなかで本人がどの時代にいるのかを推測して話を合わせましょう。会話を通して、いままで聞いたことがなかった親の思いを知ることもあります。

○急に怒り出し、暴れる

急に怒り出したようにみえても、怒るには相応の理由があります。認知症の人が怒って暴れるのは、否定されたときや禁止されたとき、失敗を指摘されたときなどに多いといわれています。それらの指摘に対して自分の考え、思いをうまく伝えることができずに暴力的な対応をしてしまうことがあるのです。また、認知症に伴う幻聴が原因で怒ったり暴れたりすることもあります。
暴れ出したら、本人と周囲の人の安全を確保します。ケガをしないように危険物をさりげなく片付けましょう。慌てて大声を出したりせず、静かな口調で語り掛けます。
暴言や暴力がひどい場合は、認知症の担当医に相談しましょう。薬物療法が有効な場合もあります。

監修 東京大学大学院医学系研究科
   老年病学 准教授
   小川 純人 先生

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