ユマニチュード®とは

ユマニチュード®とは、フランス語で人間らしさを取り戻すという意味を持つ造語で、フランスの体育学の専門家であるイヴ・ジネストさんとロゼット・マレスコッティさんが考案したケアの現場から生まれた技法です。認知症をはじめ、介護が必要な人へのケアの技法として、医療機関や介護施設、在宅で活用されています。

「大切な存在である」ことを表現するケア

私たちは土地勘のある場所では自信を持って移動することができますが、初めて行く場所では不安を感じることがあります。認知症の人は記憶の障害や判断力の低下、場所や時間がわからないといった中核症状によって、知らない場所にいるような不安な環境に置かれた状態にあります。認知症の人が何度も同じ質問をしてきたり、同じ行動を繰り返したりするのも、不安の表れであることが多いのです。

また、認知機能が低下すると、外からの情報の受け取りに障害が出て、たとえば後ろから声をかけられても気づかない、一度にひとつのことしかできなくなるなどの状態がみられます。そんなときに後ろから突然肩を叩かれたり、腕をにぎられたりしたら、びっくりしてしまい、混乱や不安が強くなります。こうした日々の生活での不安や混乱が認知症の行動・心理症状を招き、症状が強く出る原因にもなります。

ユマニチュード®は、認知症の人の不安をやわらげ、ケアを通じて「あなたは大切な存在である」ということを伝える技法です。

ユマニチュード®の4つの柱

ユマニチュード®の基本となるのが「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの柱です。ケアを行う際のコミュニケーションには、この4つの柱をすべて使います。

【見る】

認知症の人は情報の受け取りに障害があるため、急に認知症の人の視野に入ると、止まっていた車の影から突然車が飛び出してきたような恐怖を感じることがあります。上から見降ろすことも相手に「自分を軽んじている」というメッセージとして伝わってしまいます。

ユマニチュード®のケア技術

認知症の人が認識している視野に遠くの正面から入り、ゆっくり近づいて気づいてもらうことが大切です。このとき重要なのが正面から視野に入ることで、互いが平等な立場であり大切な存在であることがメッセージとして伝わります。認知機能が低下していると、近づいてきた人が自分に向かって話をしていることが認識できません。ケアを行うときは顔と顔の間をこぶし1つ分ほどの距離にして正面から同じ目線の高さにし、ケア中も目線を合わせ続けます。

見る際のユマニチュードのケア技法

【話す】

認知症の人は判断力が低下して話を理解するまでに時間がかかることがあります。ケアをする人は、話を理解してもらいたいとの思いから、次第に声が大きくなったり、言い聞かせようとしたりする態度になってしまうことがあります。そのようなケアをする人の態度や言葉がそのままメッセージとして伝わってしまいます。

また、何を伝えても返答がない場合、黙ってケアを行ってしまいがちですが、無言も認知症の人には「自分は存在していない」というメッセージとなってしまいます。

ユマニチュード®のケア技術

認知症の人のケアにあたるときには、低めの声でおだやかに話をしましょう。また、前向きな言葉を選び、大切な存在であることを伝えます。たくさん笑顔で話しかけても反応がないこともありますが、普段以上に言葉を声に出し、ケアのことや目を閉じた、足が動いたなどの変化を実況しましょう。認知症の人がケアしやすいように動いてくれた、姿勢を変えることでケアに協力してくれた場合には「ありがとう」を言葉で伝えることも大切です。

【触れる】

認知症の人の介護では、身体を拭いたり着替えを介助したりと、身体に触れる機会は少なくありません。このような場面では、ケアをする側のやりやすさを優先してしまい、手や腕をつかんで持ち上げてしまうことがあります。認知症の人は家族などケアをする人の顔を思い出せないこともあります。突然見知らぬ人に手首をつかまれたりしたら、誰でも不安や恐怖を感じます。

ユマニチュード®のケア技術

ケアを行うときは、触れる面積が大きくなるようにし、動かすときには大きく包み込むようなイメージで、やさしく下から支えるようにしましょう。

触れる際のユマニチュードのケア技法

【立つ】

介護者は、認知症の人ができないことを代わりにやってあげることが良いことだと考えがちです。また、その人ができることでも「時間がかかるから」「危ないから」といった理由で先回りしてやってしまうことがあります。しかし、それが認知症の人ができることも奪ってしまうことになります。着替えや身体を拭くなど日常生活に必要なことも、ベッド上で寝たまま行うようになると、筋力が落ちて歩く機能が低下していきます。

ユマニチュード®のケア技術

ユマニチュード®の4つ目の柱は、認知症の人自身の能力を活かすケアです。着替えやトイレへの誘導、身体を拭くなどの場面で1日計20分、認知症の人が立つことを目標にしましょう。

ユマニチュード®の5つのステップ

ユマニチュード®のケアの目的は、相手(認知症の人)とよい関係を結ぶことにあります。いきなり知らない人が目の前に現れて着替えさせようとしたり立たせようとしたりしてきたら、認知症の人は混乱し、不安や恐怖に襲われます。ケアを行うときには、(1)出会いの準備、(2)ケアの準備、(3)ケアの実施、(4)ケアが良いものであったという感情を残す、(5)次回のケアにつなげるという5つのステップを一連の流れのなかで行い、よい関係を結ぶことを意識しましょう。

【出会いの準備】

友人の家を訪ねたとき、何も言わず家に上がり込むことはしないでしょう。それと同じように、認知症の人にも出会いのための準備の時間は必要です。入室前には3回ドアをノックしましょう。認知症の人は判断力が低下しているため、返事がなくてもすぐに入らずに3秒待って再度3回ノックをします。それでも返事がなければ1回ノックをして入室し、ベッドの柵などをノックして来たことを知らせます。また、ケアに必要なタオルや手袋などの用具を準備しておきます。

ユマニチュードの出会いの準備

【ケアの準備】

次は入室した人を認識してもらうステップです。認知症の人の顔の正面から、目を合わせながら自分を認識してくれるまで顔を近くまで寄せます。そこで「会えてうれしい」という気持ちを伝え、いまから行いたいケアを提案します。そこで拒否する姿勢がみられたら少し時間を置いて再び提案し、それでもダメな場合はいったんケアをあきらめて次のケアに移ります。

【ケアの実施】

一つひとつのケアは、4つの柱を意識しましょう。「見る」「話す」「触れる」「立つ」の柱のうち2つ以上を同時に行います。たとえば、正面から目を見ながら話す、話しながら背中に触れるといったことです。声はやさしくおだやかなのに手首をつかんでしまうといった「言葉」と「行為」から矛盾したメッセージが伝わってしまうと、認知症の人は混乱してしまいます。どのようなケアを行う場合でも「あなたは大切な存在である」というメッセージは一致していることが大切です。

【感情の固定】

友人との楽しい時間はよい感情の記憶として残り、再会の日が楽しみとなります。私たちが日々経験しているこのような感情は認知症の人も同じように記憶します。

つまり、その日受けたケアが心地よいものであったという感情の記憶を残すことが大切で、それが次回のケアの助けになります。「お風呂に入ってさっぱりして気持ちよかったですね」「歯を磨いてすっきりしましたね」など、受けたケアが認知症の人自身にとって「快」な記憶として残るような声がけをしましょう。逆に「お風呂入るのは大変でしたね」「歯みがきつらかったですね。もう終わりましたよ」などの言葉をかけてしまうと、「不快」な感情として記憶されてしまいます。そしてケアした側も「さっぱりして気持ちよさそうな顔が見られてうれしい」など、よい時間であったことを言葉や表情で伝えましょう。

【再会の約束】

人はよい時間を過ごした人との再会がうれしいものです。心地よいケアを受けた後に「また明日お会いしましょう」「次は17時に食事をしましょう」など、再会を約束して居室を出ましょう。カレンダーやノートに訪問の予定を書いておくことも大切です。

認知症の人の介護は、ケアをする側にとってもわからないことが多く、困っていたり、悩みを抱えていたりする人が少なくありません。ユマニチュード®のケア技法を理解することは、認知症の人の気持ちに寄り添うだけでなく、ケアする側の心身の負担軽減にも役立ちます。

<文献>
・イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ、本田美和子:家族のためのユマニチュード “その人らしさ”を取り戻す、優しい認知症ケア.誠文堂新光社,2018.
・日本ユマニチュード学会:https://jhuma.org/(2025年6月4日閲覧)

監修 東京大学大学院医学系研究科
   老年病学 教授
   小川 純人 先生

この記事は2025年6月現在の情報となります。

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