バリデーション療法とは
バリデーション療法は、パーソン・センタード・ケアに基づいてアメリカで開発されたコミュニケーションの技法です。日本では2000年以降に認知症ケアの一環として導入されました※1)。認知症の人のそのときの感情や感覚を尊重し、共感を持ってかかわることを基本としています。
バリデーション療法とは
バリデーション療法は、人生の最終段階にいる認知症の人とのコミュニケーションスキルのひとつです。バリデーション療法の考え方は、認知症の人に現実を伝えて行動を変えさせようとするのではなく、その人のありのままの状況、つまりその人にとっていま本当に起きていることを受容するというものです。認知症の人に共感し、敬意を持って丁寧に話しを聞くことで認知症の人は安心感を持つことができ、信頼関係を築くことができます。信頼している相手には感情を表しやすくなり、自分には価値があると感じてもらうことができるようになります。
バリデーション療法のテクニック
バリデーション療法には、大きくわけて「理論」「基本的(共感的)態度」「テクニック」の3つの柱があります(図)。
図 バリデーション療法の3つの要素

この3つの柱の要素をすべて組み合せたものがバリデーションです。理論を理解したうえで基本的な態度を伝えるのがテクニックです。バリデーション療法のテクニックには、大きく分けて言語的テクニックと非言語的テクニックがあります。認知症の人がどのフェーズにいるかによっても有効なテクニックが異なります(表1)。
表1 認知症における4つのフェーズ
フェーズ1 | 1日のなかで時間や場所、季節、人間関係などの認識(見当識)に障害が出ることもあるが、ほとんどの時間で保たれていてコミュニケーションが十分に取れる状態 |
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フェーズ2 | コミュニケーションを取ることは可能だが、1日の多くの時間を認知症の人にとっての現実のなかで生きている状態 |
フェーズ3 | まだコミュニケーションを取ることはできるものの、感情を表すときには動作や音を使う状態 |
フェーズ4 | 介護者とのコミュニケーションがほとんど取れない状態、感情を自分のなかに閉じ込めた状態 |
フェーズ1、2は言語的テクニック、フェーズ3、4は非言語的テクニックを中心に、いくつかのテクニックを組み合わせることで、認知症の人とのコミュニケーションの障害が軽減されます。認知症の人と接する前には集中力を高めるために、センタリングを行いましょう。
【センタリング】
バリデーション療法を実施するためには、介護者の集中力が重要です。ウエストから5cm下に意識を集中させて鼻から深く息を吸い、口から吐き出します。何も考えず呼吸だけに集中して身体中を空気で満たしたら、中心(センター)を意識して息を吐きます。これを繰り返します。

〇言語的テクニック
【オープンクエスチョン】
「はい」「いいえ」で答えられる質問ではなく、「どのように」「なぜ」など、認知症の人が自由に話しやすい質問の仕方をします。
【事実に基づいた言葉を使う】
コミュニケーションを取るときには、相手を脅すような言葉を使ったり、騙したりしないようにしましょう。認知症の人にとっての事実に基づいた言葉を使う、たとえば「お金を取られた」と話す場合には「お金を取られたのですね」(認知症の人にとっての事実)から、「だれに取られたのですか」「お金はどこに置いていましたか」などとオープンクエスチョンで質問をします。
【本人の言うことを繰り返す】
認知症の人が言った感情が込められているワードを使って要点を繰り返し話します。ワード以外にも声のトーンやリズムなどを揃えます。認知症の人は、自分が言ったことを繰り返し確認されることで安心できます。

【レミニシング】
認知症による見当識障害がある人に対して過去の思い出を尋ねることで、今の自分の思いを表現できることがあります。
【はっきりとした低い、やさしい声で話す】
認知症の人に限らず高齢者は高い音が聞き取りにくいため、低くはっきりと、やさしい声で話をしましょう。
【曖昧な表現を使う】
「それは楽しいですか?」「それはどんなものですか?」などの曖昧な表現を使うことで、相手が何を言っているのかわからない場合でも会話を続けることができます。
【極端な表現を使う】
不満やつらかったときの話をしたときなどには、もっとも極端な例をあげて聞き返すことで、認知症の人は最悪の事態を考えてさらに自分の気持ちを表現することがあります。たとえば、つらかった幼少期の経験を話したときに「それは毎日ですか?」「一番つらかったのはどんなことですか?」などとオープンクエスチョンを続けます。

【反対のことを想像する】
若いときにどのようにしてつらさから立ち直ったのかを思い出話のなかから引き出します。未解決の問題を解決する手助けとなり、認知症の人との信頼関係が強くなります。
〇非言語的テクニック
【タッチング】
認知症のなかでも第1ステージの段階にある人にはあまり効果は期待できないとされていますが、第2ステージの日時・季節の混乱に効果的といわれています(表2)。
表2 タッチングの方法例
・指先でゆっくり軽く上のほほを、円を描くようにしてなでる
・指先で頭の後を、円を描くようにしてなでる
・指を内側に巻き込んで手をカップのようにして首の後ろを両手で小さく円を描くようにしてマッサージする
・両手で肩と背中をさする
・ふくらはぎをさする
【アイコンタクト】
親密なアイコンタクトによって愛情を伝えてくれたとき、自分は愛されていると感じて安心感を得ることができます。
【カリブレーション】
認知症の人の表情、姿勢、呼吸のリズムを確認し、表情や姿勢、呼吸を合わせることで共感を伝えます。
【ミラーリング】
認知症の人の表情、姿勢、しぐさ、感情の表出などに合わせて行うものです。認知症が進行することで、感情が抑えられなくなることがありますが、相手に共感し、その人にとっての現実の世界に入り込んで信頼関係を築くためのテクニックです。
【音楽を使う】
認知症の人の感情に合わせて、その人になじみのある曲を一緒に歌います。コミュニケーションが取れなくなってくると、若いときに歌ったメロディーがよみがえり、気持ちが落ち着きます。
【満たされていない人間的な欲求と行動を結びつける】
人は愛され、思いやりや共感を持って接して欲しいという欲求があります。認知症の人がうろうろと歩き回ったり、たたいたりする行動をとったときに、その行動から、1)愛し、愛されること、2)仕事などで人の役に立つこと、3)感情を発散したいという人間的な欲求のどれに当てはまるのかを導き出します。
【好きな感覚を使う】
視覚、嗅覚、感覚のうち、認知症の人がどの感覚を好んでいるのかを見つけてコミュニケーションを図ります。その人がどのような表現方法が得意であるかを知り、感覚を言葉で表すことでコミュニケーションを図ります。
バリデーション療法で大切なこと
バリデーションは、認知症の人の話が真実か否かを問うものではありません。一方的に非難したり批判したりせず、認知症の人の現実とともにある人とコミュニケーションを重ねていくものです。そのなかでテクニックを使いながら認知症の人を理解していくことで介護者側のストレスやフラストレーションを軽減することも可能です。認知症の人にとっても穏やかに住み慣れた場所で生活することができます。
<文献>
※1)古川信之・稲谷ふみ枝:認知症者・家族をさまざまな観点や立場から支えるコミュニケーションスキル 第3回認知症ケアにおけるバリデーション―リハビリテーション場面での活用―.総合リハビリテーション,医学書院,1241-1246,2023.
・遠藤英俊:薬物を使わない介入方法,ケア手法について知る ケアの方法―バリデーション―.治療,南山堂,1199-1203,2019.
・村山明彦・山口智晴:特集認知症ケアのプラットフォーム バリデーションとユマニチュード.総合リハビリテーション,医学書院,933-938,2020.
監修 東京大学大学院医学系研究科
老年病学 教授
小川 純人 先生
この記事は2025年6月現在の情報となります。